基礎知識

1980年、名古屋市工業研究所の小玉秀男にによって3Dプリンターの基幹技術となる光造形法が発明されたことを知る人は多くありません。その基本的な原理は、紫外線によって硬化する樹脂材料を薄く一層ずつ積み上げていくことで立体物を造形していくというシンプルな発想です。しかしながら、当時小玉の発明は評価されず、日本で3Dプリンターの技術が発展することはありませんでした。

その後海外で研究開発が進み、ついに1990年代に入ると、一般に3Dプリンターと呼ばれるようになる製品が開発・商品化されるようになっていきました。3D印刷を最も普及させる契機となった熱溶解積層法（FDM方式）がStratasys社によって開発されたのをはじめとして、インクジェット方式や粉末固着方式などの技術が登場していきました。

2010年代には個人向けの3Dプリンターが登場し、さらに2013年に出版された『MAKERS:21世紀の産業革命が始まる』(クリス・アンダーソン著) は世界的なベストセラーとなり一大ブームを巻き起こしました。MAKERSが予言した未来とは、私たちが商品のデータを購入しそれを家庭にある3Dプリンターで出力する世界、流通のあり方が根底から覆るような世界でした。

ここまでの世界はまだ到来していませんが、近年は家庭用3Dプリンターの小型化と低価格化も進み、また3Dプリンターを使用した住宅が建てられるなど身近な存在として認知されてきています。また、光造形法の技術も発展をみせており、極小の医療機器や電子部品などの製造にも大きな期待が寄せられています。

現在、産業分野では建築、医療、航空宇宙産業、電子機器やバイオ分野など、個人向けではフィギュアやアクセサリー作成、DIYなど幅広い領域で3Dプリンターは活用されています。

3Dプリンターは、CADで作成された3Dモデルを立体物に造形する装置で、樹脂などを薄い層として積み重ねていくことで立体化させる技術が一般的です。金型成形や切削加工の場合と比較して、鋳型や治具を必要としないことや、中空構造や複雑な内部構造を一体成形することができるといった特徴があります。そのため、開発初期段階の試作検討のプロセスを効率化したり、金型では実現できなかった構造を造形したりといった目的で使用されます。

ただし、3Dプリンターには精度、造形スピード、強度、材料など未だ多くの課題が残されています。特に精度に関しては、切削加工なら0.01mmで仕上げられるのに対して3Dプリンターではその10倍の精度が一般的です。実験室レベルでは高精細な3Dプリンティングを実現できたとしても、造形サイズの小ささや造形スピードの遅さ、またコスト面の問題など、実用に耐えるものではありませんでした。

また、高解像度をうたう3Dプリンターは市場にありますが、設計したものを設計通りに出力するためには解像度が高いだけでは不十分です。その意味では、現実的な選択肢として射出成形レベルの微細造形が行える産業用3Dプリンターはなかったといってもいいでしょう。

従来の商品開発では、試作品を作成して検証しながら設計を変更、再び試作品を作成して検証するという工程を繰り返す必要がありました。しかし、この間に金型や治具も作り直さなければならないなど、費用的にも時間的にもコストがかさみます。そこで、3Dプリンターを導入すれば設計の初期段階から試作品を作成し検証を行うことができ、量産までのコストを大幅に削減することができます。これはフロントローディングという考え方に基づいた開発手法です。

フロントローディングとは

前に（フロント）負荷をかける（ローディング）という意味で、開発工程の初期の段階に品質の作り込みを集中させる手法です。早期の課題抽出を目指し、生産工程のピークを前倒しすることで変更にかかるコストを削減するとができます。なぜなら、最終品と同等の試作品を作って確認することができるので、設計段階では気づくことのできなかった問題点や課題を洗い出し、品質の改善を効率的に行うことができるからです。3Dプリンターを導入することで外注せずに試作品を作ることができる他、金型や治具の再作成の外注も不要となるため大幅にコストを削減することができます。

従来の開発工程は、後工程での手戻りが発生しやすいものでした。設計段階では気づきにくい問題点が後になって発覚すれば、設計の見直しや試作品の作り直しのために何週間もの時間を要してしまいます。金型や治具の製造をあらためて外注しなければならない場合はさらに時間がかかります。

3Dプリンターはこのような従来の製造プロセスの問題点を解消してくれます。実物同様の試作品を作ることができるため、組み立てや動作の検証など、大量生産前の検証作業を円滑に進めることができます。十分な検証は手戻りのリスクを低減し品質の向上につながります。

また、試作品製造の費用的・時間的コストの削減は、逆に設計が固まっていない段階からでも積極的に試作品を製造し検証を行うことを可能にします。開発期間を大幅に短縮させることができ、競争優位性の向上や業績の向上に大きく貢献します。

3Dプリンターの積層造形なら中空形状や複雑な内部構造の造形を行うことができます。これは従来の金型成形や切削加工では不可能なものでした。しかも部品を組み合わせて中空構造体や複雑な造形物を作るのではなく、いわゆるアセンブリされた一体成形ができます。つまり組み立て作業が不要なため、時間や労働コストを抑えることができるのです。また入れ子のような複雑な造形も3Dプリンターならではのもので、研究開発のイノベーションにつながるでしょう。

3Dプリンターは操作者の技術力に依存せず、性能が高ければデータ通りの造形を何個でも同じように作り続けることができます。技術力に依存せずに造形できるため、高い品質を保ちつつ製品開発の生産性を向上させることもできる大きな可能性を持っています。